第116回 11/10 ウィトゲンシュタインと令和哲学(4) 開催レポート


第116回令和哲学カフェ
ウィトゲンシュタインと令和哲学(4)

2020年11月10日(火)21:00~22:30

開催レポート

「ヴィトゲンシュタインと令和哲学」の4日目は、人間の日常生活と密着した悩みを通して理解する回でした。

「人から悩み相談を受けても、なかなか簡単に解決できない理由とは?」
をテーマに、集団コミュニケーションワークWHTを行いました。

<質問コーナー>※一部抜粋

Q:人生を楽しくするための質の良い疑い方とは?
A:簡単です。瓶鳥の中にいるのは最悪の地獄。王が乞食の服を着ているのが瓶鳥の中、服を脱いだら瓶鳥の外。外に出たら楽しくてたまらない。心のものさしがあれば、すべて心で受け取れる。すべてが自分の味方になる、応援してくれる、楽しいです。
複雑をシンプルに統制できる。存在が動くのではなく、動きが存在する。一番速いスピードの動きになれば、すべてが観えてきます。

Q:洞察力を持つためにはどんな鍛錬をすればいいのか?
A:正しく知ってることは一つもない、源泉的動きひとつだけがある、その状態。模様・形にとらわれない。人間楽しむ。相手がしゃべれば相手になる。柔らかい心を習慣化すること。

Q:ヴィトゲンシュタイン、令和哲学では今日のテーマをどう答えるか?
A:見える世界と、言葉でしゃべる世界はぜんぜん次元が違う。言葉でしゃべることと、聞く世界、受け取り方にも溝がある。コミュニケーションすればするほど、誤解が生まれる。
だから、沈黙しろ、実践行動でみせるとヴィトゲンシュタインは言ってる。
人間が瓶鳥の中外自由に往来できる源泉的動きそのものにならないと、共通土台がないからズレる。
令和哲学は「今ここ目でみちゃだめ」。1ー間ー点で物事をみる、これが完全観察システム。

参加者の感想

昨日に引き続き身近なテーマで楽しく聴けました。人から悩みを相談される事は多い方だったけれど、結果的には何も解決できないと思っていましたがその理由がよく分かりました。令和哲学ホントすごい。。(chicoさん)

まさに言語の限界を感じたWHTでした。 どんなに素晴らしい角度から攻め入っても、あれ?これが本当に急所に届くのかな?など、言語に捕まって思考を始めてしまった時点で、ブレてしまう。 話しているけど話していないの境地に達するのはそこでブレず、主張を曲げずに切り込むことだなと思いました。(ぴよもんさん)

心の機能と脳の機能、意識と知能が解け合う表現になったとき、ほんとうに分かり合えるのかもしれない。 思いこみなのか、事件なのか、解析なのか、どこに主体を置いて演じるのか?問われていると思いました。 本日もありがとうございました。(日々木弓絃さん)     

出来事は重要ではない。 みえる世界と言葉でしゃべる世界は次元が違う。見えても言葉にしない領域がある。言葉にしてもちゃんと聞いてはいない。聞いてから受け取り方にもクレバスがある。誤解が生じる。イメージしたことを言葉にすることも難しい。共通土台がなければ、ズレる。 先生の一言一言が、貴重。(もっつあんさん)


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