【第116回11月10日分】「特異点」ディスカバリー部門 エントリー
令和哲学
AWARD
特異点ディスカバリー部門
島崎 信也さん
今日の特異点
今ここ目で見ちゃダメ。
1間点で見る完全観察システム。
WHT出演者とナビゲーターNoh先生との掛け合いが生み出す場づくりもまた最前線の現場であると気付きます。
ステージ2の日本ですと、
・周りに迷惑をかけるな
・主義主張をするな
・曖昧にしろ 沈黙しろ
といった無意識の扇動が大きく、個人一人ひとりにかかる重圧はすさまじいものがありますね。それがカメラに映るWHT出演とはどういう事でしょうか?
・大勢の人に見られる
・世界中に放映される
・録画されている
・質問やツッコミがくる
・アンケート、blog、Facebookなど晒される
などなど、現象面だけでも相当の重圧ながら、そこにステージ2日本なりの意味付け価値付けも襲ってくるもの。
その中で、
「自身の主義主張が曖昧だと気付く」「自身の主義主張を上書きする」「意図はあったが具体性がなくシャープさが生かされない経験」などなど、挙げればまだまだ。
令和哲学カフェの理想そして夢からしたら、余りにも格差がある現在地を確認しそうなところですが、それでも元気な姿で、満面の笑みで、気軽に訂正修正しながら、自身の学びに変えていく姿。
そのギャップに何を見るか。
柔らかい。
割れない。
次第にNoh先生との親密さ、良好な関係が築かれているように見受けます。
ちょっとした所作や一言、表情なのに大きな影響力を毎瞬、毎度毎回、放っていると思えました。WHT出演者とNoh先生の掛け合いもそうですし、ブレークアウトセッションSSMの現場もそうです。顔と名前を出して普段は考えた事もないような問いと向き合い主義主張する事を毎日こなす令和哲学カフェには一体、どれだけの直向きなエネルギーが蓄積されているのかと思うと、可能性を感じずにはいられません。
「難しい」「難解だ」と言うが。
楽しんでいる。
世の討論番組や教育番組がありますが、何ら見劣りせず寧ろ、世界の知性をここに集結させる準備として捉えられてしまうほど、その場づくりが美しくて仕方ありませんね。
唯一ではないでしょうか?
毎日進化する令和哲学カフェ。
参加者たちの毎日が創るのだなぁと。
「相談された悩み。一体どうして解決するのが難しいのか?5人が協力して融合してみて下さい。」
6人一体となり生まれた令和哲学者によるストーリー、整理整頓には唸ります。
無知。悩みの根本原因を知らない。知ることで今ここAllクリア。今ここは時間、空間、存在、エネルギーのないところ。今ここ悩みが解消。RealWhyを分からないから解決しても終わらない。目先の解決に走ってしまう。鬼滅の刃が必要。皆んな事実で結集しようとするが事実も思い込み。虚構。だから人の話を聞かない。どう解析、意味付けするか?そこで結集することだ。
What,Why,Howによる整理。
5人の主義主張が通る整理。
令和哲学による底上げ。
そんなことが短時間のディスカッションで起こっています。ヴィトゲンシュタインがその現場を見たらどう思うのでしょう?
この時代に生きて、この場でディスカッションしたい。きっとそう思うのでしょう。
イメージできないこととイメージできることを鮮明に分けることが難しく、言葉で話せる領域を分からない人間。
大きなクレバスがある。そして、
「イメージできることと言葉で表す世界は違う」「言葉で表された世界と他人が聞く世界は違う」「聞いた世界と受け取った世界もまた違う」「受け取った世界を言葉で表現した世界は違う」などなどと続く。
多くのクレバスがあるのにも関わらず、無謀にも簡単に言葉で超えようとして、超えたと思っている。実は、話せば話す程に誤解が起こるということに気付かず。だからこそ、沈黙して実践行動し続けると言いたくなるだろう。
共通土台がない中では。
故に「今ここ目で見ちゃダメ」が光ります。瓶鳥の中外を往来し、1間点で見る今ここ完全観察システムが光ります。
令和哲学カフェ、そしてWHTとは、正にその実践現場でもありヴィトゲンシュタインが訪ねてくれている現場でもあるのでしょう。
令和哲学アワードの詳細はこちらより
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