【第38回7月20日分】「特異点」ディスカバリー部門 エントリー


令和哲学
AWARD

特異点ディスカバリー部門

原田 卓さん

今日の特異点

特異点ディスカバリー部門エントリーに選んでいただき大変光栄です。ありがとうございます。

令和哲学カフェには、5月のスタートの時から毎回家族と楽しく参加させていただいていますが、取り上げられるテーマを掘り下げることで、人生に豊かさを与えてくれると実感しています。

今回のテーマは「言語の美しさ」の最終回でした。私が感動したポイントが 2点ありました。

1点目は、「言語の用途機能の定義」についてです。

「言語の用途機能とは何なのか?」と、Noh先生から問いが投げかけられました。この問いに自信を持って答えられなければ、私たちは言語を本当の意味で使いこなしているとは言えないなと、私は直感的に思いました。私たちは、生まれてからいつしか言語を覚え、そして無意識的に巧みに言語を使いこなして生きていますが、学者でも専門家でもない限り、言語について深く思慮する機会は多くありません。

言語の用途機能とは何なのか?パッとイメージすれば、記述したり意思を伝達し疎通交流することです。そこに対してNoh先生は、「言語の用途機能は、イメージ感覚を創造することである」とおっしゃいました。言語の用途は、意思伝達や疎通の道具にとどまらず、イメージ感覚を創造する用途があるということは、言語そのものの意義を定義し直すことであり、言語本来の機能を全することができると思いました。Noh先生は「イメージ言語」を体系化されてらっしゃいますが、いかに偉大な発明であるのか、価値を実感しました。

2点目は、「知らない」「分からない」には2つがある、という話題です。

私たちは、何かを聞かれた時、自分の記憶や知識にないことだったら「知らない」「分からない」と答えます。「知らない」「分からない」と答える理由は、自分の経験や知識、記憶にデータベースがないから、です。わざわざ理由を添えなくても、「知らない」「分からない」と答える時の理由は、自分の知っている世界と比較検討した上で、そう答えています。

その意味での「知らない」もあるけれど、もう1つの「知らない」という世界があるとNoh先生は言います。それは、「人間の脳ではイメージが不可能、知ることが不可能、分かることが不可能な世界。人間が知っている世界から自由になった無知の完全性の世界がある。」と。

普段何気なく使う「知らない」「分からない」というフレーズが、人間の知っている世界の中からの発せられるものなのか、人間が知らない世界から発せられるものなのか、その出発点によって意味合いが全く異なります。人間の知っている世界、つまり瓶鳥の中に囚われ、だますだまされるゲームで苦しむのか。瓶鳥の外に出て尊厳を享受するのか。「知らない」「分からない」というフレーズ1つで、人生が大きく変わってしまう言語の美しさに感動しまた!

毎回毎回、深い気づきと学びを与えてくださる令和哲学カフェを今後も楽しみにしています!

令和哲学アワードの詳細はこちらより

関連記事一覧

  1. この記事へのコメントはありません。

コメントするためには、 ログイン してください。