【第35回7月15日分】「特異点」ディスカバリー部門 エントリー


令和哲学
AWARD

特異点ディスカバリー部門

Yoshiko Nishioさん

今日の特異点

7月15日、第35回目の令和哲学カフェは、”言語の美しさ”をテーマにした第4日目。

令和哲学カフェは、知の格闘技として、毎回熱中して参戦している私ですが、
今回は、剣の戦いとオーバーラップする、そんな切れ味の素晴らしい回でした。

「今までの人間が話したすべての言語を一点に集約したらどんな言語か?」というノ先生からの問い。

その質問の気高さに陶酔しているのも束の間、

手に汗握るWHTワークとノ先生のエキサイティングな問答が繰り広げられました。

一段と目を見張る鮮やかな戦いに、目の前で起きたことに興奮してなかなか眠りにつけなかった人もいたのではないでしょうか。
私もその一人です。

この戦い、一瞬の隙も与えられません。斬られちゃいますから。

今回、ノ先生の爽快な切れ味鋭い刀の刃は、上空をかすめまくり、

いつ、どこで斬られたのか?!
果たしてその剣のスピードについていけた者はいたのか?!

という、お見事な剣さばき。

そして、果敢にこの戦いに臨む勇者たちも素晴らしい戦いぶり。

出演者へのノ先生のどっしりと深みある斬り込み、そこに痺れた方も多いのではないでしょうか?

言葉遊びと哲学の大差。
哲学なきは、斬られてしまう。

出演者の斬りかかりに対し、その深い哲学観で斬り返す。

Q&Aでの場面では、
ある宗教を信仰しているという人に対し、何人にその教えを伝播したのか、それが実践と結びつかないのならば信仰していると言えない。と、そのQ&Aは、ものの数秒で幕を閉じる。

その切れ味に、かつての剣豪の技を前に息を呑まざるを得ない、そんな光景をみた人もいたのではないでしょうか。

また別のQ&Aでは、

「この場で何が起きているのか、わからない、ついていけず‥。」

というQに対し、

「侍じゃないからだ。」とノ先生。

「明治維新は、侍がいたからできたこと。」

ノ先生のその言葉に、

ゼロ感覚、侍感覚がどうゆうものなのか、

侍である先人たちは、どんな空気感をまとっていたのか?

どんな生き様だったのか?

かつての侍たちの抜きん出た精神の有り様を、一瞬間そこに垣間見て涙した私がいました。

今までも、令和哲学、nTechのゼロ感覚について、そのメタ知識を論理的に理解はしていました。

が、今回の緊迫した試合と相まって、日本人が、侍が、元来培ってきた洗練され研ぎ澄まされた精神性とつながり、”ゼロ感覚”、‘’侍感覚‘’とはこういうことなのか、と身に沁みる思いでした。

日本の未来、世界の未来ー

今、私たちはどこに心を置いておくのか?

ここに1000人の侍が集い、令和の革命が起きる、日本が目覚める。

先人たちの夢、その奇跡をみなさんと共に作っていければ最高だなと思います。

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