【第46回7月30日分】「特異点」ディスカバリー部門 エントリー


令和哲学
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特異点ディスカバリー部門

Japan Spirits

 ジャパン・スピリッツ さん

今日の特異点

令和哲学カフェ第46回7月30日は「勇氣」がテーマになっておりました。

勇氣とは一体何でしょうか?勇氣を出していくためには、何が必要なのでしょうか?

今回も集団コミュニケーションの訓練手法であるWHTを使って、深めていきました。

5人のメンバーから、それぞれ一つずつ5つの観点が主張されました。
①今、この現実が嫌だ!と思うこと
②恥を恐れる
③死を恐れない
④決断
⑤希望 です。

観点は、ある部分を切り取って、伝えているわけですから、ある観点については、補完もできるし、肯定もできるし、否定もできるし、称賛することもできるものです。
この WHT を通じて、観点を自由自在にできることを知り、それを実践的に学んでいけます。私たち日本人は、日常生活でこのようなコミュニケーションがあまり訓練されていないものですから、初めは大変難しく感じるだろうと思いますし、私もそうです。

Noh先生は、最後には、その観点を融合することをファシリテーションされていきました。
驚いたことに5人の参加メンバー全員が、5つの観点のそれぞれを使って、融合を表現していたことです。とても美しい光景でした。

このWHT の最中に、明治維新から先の大戦に至る日本の勇氣が語られていました。
日本が明治以来、集団的に発揮した勇氣は、人類史上例を見ない偉大なる勇氣でした。その勇氣が偉大な歴史を紡いでいったのです。

日本は、西洋によってアジア各国が殖民地化されていく様子をみて、それに即座に反応し、過去を潔(いさぎよ)く切って、西洋文明を受け入れて学び、西洋を越えていける自信感をも持ちました。その勢いでアジア共栄の理想に燃え上がり、人種による格差の解消、東西の格差の解消に大きな貢献をしていきました。

それが人類の進化にどれだけ大きな役割を果たしたことでしょうか。しかし、果たした役割とは逆に、強烈な自虐史観によって、自ら罪人のイメージを深く抱いたまま、今日に至っています。

前日の令和哲学カフェ(第45回7月29日)のテーマである「思惟、 哲学を可能にさせる中心道具とは何か?」において、Noh先生から「記憶」というワードが投げかけられました。これまでの人類史上で、社会秩序のために強烈な罰によるショックを受けたことが記憶されていて、記憶によって自由を自ら束縛してしまっている姿が表現されていました。

私たち日本、そして世界に、今、必要なものは勇氣だと思います。
勇氣を持って本質へ向かい、勇氣を持って理想を語り、人類の可能性を発揮させる道を、世界に示す必要があるでしょう。

しかし、過去の記憶に怯える日本は、勇氣が発揮できないでいる。
では必要な勇氣を獲得していくためには、何が必要なのでしょうか?

この過去の記憶を解析し、新たに記憶を再構築していくことで、歴史の意味や価値を生み出すことができます。勇氣の発揮のためには、このプロセスが必要だと思います。
勇氣によって、日本の未来を開拓し、日本の未来の開拓が、世界の未来を創っていくことでしょう。

令和哲学アワードの詳細はこちらより

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