第88回 9/28 ニーチェと令和哲学(2) 開催レポート
ニーチェと令和哲学(2)
2020年9月28(月)21:00~22:30
開催レポート
令和哲学カフェ「ニーチェと令和哲学」の2日目となりました。
「健康な社会の絶対条件とは?」をテーマにWHTを行いました。
今の日本社会は健康だといえるのでしょうか?
ニーチェの定義する健康とは、人生は悲劇。あとは虚無であると言います。
「この体が自分」と思うことは悲劇に他なりません。
今の日本では国民的人気を誇る俳優が自ら死を選択する悲しい事件が続いています。
そのぐらい、この現実は実は残酷で悲惨で屈辱な状態であるとNohさんは言います。
死んでも永遠に繰り返す、永遠回帰。その中であなたはどうするの?
これが二―チェの問いかけです。
令和哲学はそのために観点をチェンジすることが何より大事だと言っています。
悲しい悲劇の中でも、ワクワクで楽しく勝負する。
その現実が認識できたときに、どう立ち上がるのかが大切です。
それがニーチェの能動的虚無主義なのです。
<質問コーナー>※一部抜粋
Q:令和哲学の健康の定義は?
A:基本的に認識の健康。いまここ目で見ちゃダメ。いまここスッキリワクワク。
存在の出発と認識の終わりがまっすぐ一直線上にあること。最大多数の最高の幸せ。
目をあけた瞬間にみえる状態に迷いがないこと。その状態が一番の健康状態
次回は9月29日(火)21時からです。どうぞお楽しみに
参加者の感想
誰もが感じる健康社会って何だろう?そんな疑問から始まり、自らの主義主張で相手を納得させられるのか、という構成がソフトバージョンとは、現実のコミュニケーション能力を真摯に鍛錬する場になっていると感じました。 実際、どういう状態が健康社会なのかと考えた時に、人間みんな生まれた時から量子力学的世界観が身についているってことじゃないかなぁ。
有ったり無かったり、諸行無常、だからこそひとつの生命の有り得ない偉大さがお互いにわかる。アイデンティティ自由自在。
そんな健康社会を妄想する楽しい時間でした。
(日々木弓絃さん)
ニーチェの英雄道徳のイメージが深まりました。
人生は、悲惨、残酷、屈辱、悲劇で虚無なもの。
その中で、どれだけワクワクを選択して生きることができるのか。
竹内さんや三浦春馬さんの様な方達でも自殺を選択してしまうぐらいの不健康社会の今の時代には、ニーチェのこの英雄道徳を持てることがすごく大事だなと感じました。
死んだとしても同じパターンを繰り返される人生ならば、楽しく悲劇と正面勝負するのが大事と言う、先生のメッセージもすごく心に響きました。
(Tamiさん)
健康にかかわる仕事をしています。身体の声を聴いて自分観察をしましょう! 自分の身体と心が今どんな状態なのか、「気づき」を持ち帰っていただく。
これを軸にしていますが、人は自分をあまりよく観察できていません。
個の心とからだを健康にするきっかけは提供できてもほんのわずかな人数。 日本中の個の心と体が健康であるためには、世の中のしくみを変えること。 世の中の仕組みを変えるなんて私ひとりじゃ無理・・・そう思ってしまう人が多い現実。 なんとかしなきゃなあ・・・と改めて思う今日の内容でした。
(あっちゃんさん)
健康な社会とは? 個人の健康にも言えることかなと思いました 血液循環も含め、あらゆる循環が綺麗におこり、スッキリとした迷いのない社会のことかなと思いました ブレイクアウトセッションで気づかせて頂いたことですが、自分が思うように生きることで、そこに迷いのない状態! 観点を自由に移動させ、それを楽しみながら、設計して行くこと! 一つの考えに縛られたら、窮屈になり、そこから意識だけ抜け出して爆発できる人と、抜け出せずそこで、体と共に朽ち果てる方向へ向かう人といるんだと思いました そうならない為には、観点の理解と、観点の移動の実践だと思いました 何でも浄化できる海を目指します!(yayoiさん)
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